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2008年12月 4日 (木)

日曜の夜の地球人

 

 今日も、少なくとも今のところは、火星人の襲来もなく、地球規模では平和であった。

 もちろん、それぞれの地域で考えれば、地球人同士の殺し合いは続いている。

 平和なんか、ありはしない。

 人間は、常に自分の都合に合わせてものを考え、世界を解釈する存在である。

 チベットの人間からすれば「侵略」である出来事も、中国共産党の見解では「解放」である、なんてのはその一例。

 中国大陸の住人からすれば「侵略」である出来事も、アジア解放のための行動の一環と説明して恥じることはない例には、わが国では事欠かない。

 アジア解放のために、中国で人を殺し続けたのが大日本帝國だったわけだが、それを「アジア解放」のための正当な行為であったと主張する同じ人物が、なぜか中国共産党によるチベット解放の説明を受け入れようとはしないのも不思議な話だ。

 私から言わせればどっちもどっちな話だ。

 軍事力による国境線変更の試みであったことに違いはない。

 軍事力による国境線変更の試みへの否認が、第一次世界大戦後の国際法上の努力であったことは常識であろう。

 そのような努力への、軍事的強者による挑戦であったことにおいて、両者に違いはない。

 違いがあるとすれば、大日本帝國はその試みに失敗し、中国共産党は成功した。それだけの話だ。

 国境線変更の試みであることを顕在化させないために、傀儡政権を用意するのもまた、第一次世界大戦後の、軍事力による国境線変更の試みにおける常套手段であった。

 そのすべてにおいて大日本帝國は成功しなかった。

 それだけの話だ。

 それを事実として見つめうるかどうか、それが問われる。

 大日本帝國の失敗を事実として認めないこと、それを「愛国的行為」と勘違いしている人々が存在する。

 「愛国者」とは、自国のよりよい状態での存続を望む者のことであろう。

 自国の歴史上における失敗の事実から目をそらし、都合のよい歴史解釈を採るための努力は、決して、結果として、自国のよりよい状態での存続には結びつかない。

 私はそのような人々を愛国者とは考えない。

 「愛国」という語を、自らに都合よく用いる人々であるに過ぎない。

 大東亜戦争を、アジア解放のための闘いとして理解しようという努力が存在することは知っている。

 しかし、大東亜戦争とは、まず第一に、大日本帝國の滅亡をもたらした戦争であった。

 国家の滅亡こそは、愛国者の名に値する人間であれば、何より避けなければならない事態ではなかろうか?

 その責任の所在を問うことこそ、愛国者の名に値する人間であろうとするならば、まず考えなくてはならないことであるはずだ。

 実に不思議な事態である。

 国家滅亡の責任の所在を問うことに全く関心を寄せないところから、この現代日本では、自称「愛国者」は出発するのである。

 それは、実に不思議なことではなかろうか?

 しかも、ルーズベルトや蒋介石の策略に乗せられたのが戦争の原因で、大日本帝國はその被害者だ、なんてことを恥ずかしげもなく主張したりするらしい。

 恥ずかしいったらない話だ。

 単に軍事的にも外交的にも、つまり政治的に、大日本帝國の指導者が、ルーズベルトや蒋介石に劣る実力の持ち主であったと主張していることと同じだからだ。それに気付いていないことが二重に恥ずかしい。

 珍しく、「日曜の夜の地球人」というタイトルを先に考えて書いた。

 もちろん昨日の「土曜の午後の、やってこなかった火星人」が元ネタだ。

 書いてみれば、出来上がった文章は「日曜の夜の日本人」ではないか。

 まぁ、火星人の襲来がないからこそ書けた文章ではある。ものは都合よく考えるものなのだった。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/04/13 20:12 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/63813/user_id/316274

 

 

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