« 『藝州かやぶき紀行』からドイツの炭鉱住宅への旅 | トップページ | ヒトラーのタバコ »

2008年12月 7日 (日)

トラバント、ハイウェイスター…?

 

 1989年の今頃。

 秋には、東ドイツ(ドイツ民主共和国)建国40周年式典が控えていた。

 社会主義ドイツの栄光が謳われるはずだった。

 10月の式典そのものは、滞りなく、予定通りに進行した。

 ベルリンの壁崩壊は、それから1ヵ月後のことである。

 しかし、1989年の6月に、そんな未来を誰が予想していただろうか?

 夏に向かい、東ドイツ市民は、ハンガリーの保養地で、夏休みを過ごす。夏休みの予定を、今頃は、考えていたことだろう。

 夏になると、ハンガリーは西側諸国への国境の解放に踏み切る。夏休みを過ごしていた東ドイツ市民には、東独からの脱出の可能性がプレゼントされたことになる。

 あのトラバントに乗った、東ドイツの人々の車列の誕生である。まずはハンガリーへ向かい、帰国の機会を遅らせ、夏休みの滞在を続ける。

 やがて、ハンガリー政府の処置により、東独政府の証明は不要となり、国境は完全に自由化され、西独への東独市民の脱出が本格化する。

 私たちの前に、ニュース画像を通じて、トラバントの姿が届くことになる。

 あれには驚いたものだ。

 当時、日本では、日産がレトロデザインのクルマを売り出し始めたところだった。

 パオとかフィガロといった車名とそのデザインを覚えておいでだろうか?

 バブル真っ盛りの日本で、そんなデザインが、古臭さとしてではなく、懐かしさと新鮮さの同居したイメージとして受け入れられていったものだ。

 要するに、当時のマーチのシャーシーに、レトロデザインのボディーを載せましたというのが、パイクカーと呼ばれたその手の車種の基本コンセプトだ。つまるところ、見かけはレトロ、中身は新車。

 で、トラバントだ。

 パイクカー、ってわけではない。

 25年前のデザイン、25年前に設計されたシャーシーが現役だったということなのだ。25年前と同じボディー(実際には、素材は粗悪になっていたという説もある)に、25年前と同じエンジン(排ガスで名高い)である。

 これには驚いたものだ。

 社会主義の基本的発想のひとつに、技術的進歩が労働者にももたらす明るい未来世界というイメージがある。技術革新が、未来の明るい生活を保障するはずなのである。

 驚いたことに、資本主義世界では、その排ガスの環境への影響から淘汰されてしまった2ストロ-クエンジンが、社会主義の世界には生き残っていた、というわけだ。

 社会主義社会の工業化は、資本主義社会における工業化に比して、環境破壊を大きく推進するものだった。様々な説明が可能であろう。

 政治的には、いわゆる西側先進国における、複数政党制に支えられた議会制民主主義に対し、社会主義体制とは一党独裁と民主集中制と呼ばれる支配システムに支えられるものであった。

 民主集中制は、統治システムとしては強力なものである。一党独裁システムと組み合わされることにより、統治権力への批判者の排除を容易にする。

 しかし、批判者を欠いた社会は停滞するのである。

 環境問題に関心を持つことさえ、社会主義圏では、体制批判として取り扱われてしまったのが現実である。

 体制批判者として当局から認定されてしまえば、つまり、模範的市民あるいは模範的労働者としての資格に欠ける人物として認定されてしまえば、トラバントを手に入れることすら不可能になってしまう。

 それが、東独社会の現実であったわけだ。

 その現実からの脱出の可能性をトラバントに賭けた。そんな東ドイツ国民の姿を、私たちはテレビニュースを通して、1989年の夏から秋にかけて目撃することになったのである。

 ドイツ統一が、かつての東ドイツ国民にもたらしたもの。

 それが期待通りのものであったかどうか、その問いに答えることは難しいだろう。

 ただし、排ガスをそのまま撒き散らすクルマが新車として売られ続ける社会ではなくなった。それだけは確かなことだろう。

 しかし、そのデザインに(?)ファンも多いらしい。

 画像サイトを見ていると、そんなファン心が伝わって来る映像に出会うことが出来る。

…で、あらためて、トラバント画像の紹介を(前回のコメント欄で紹介したものではありますが)。

 ↓ ↓ ↓

 ↑ ↑ ↑
チェコにはトラバントファンが多いということなのか?
 
 同じトラバントの車列でも、1989年の東独市民は、亡命=国外追放(運が悪ければ、国境からの強制送還)の覚悟と共に、大きな緊張感の中でハンドルを握っていたわけだ。
 
 それに引きかえ、2007年のチェコのトラバントファンの楽しげなこと。
 これも、1989年の変革のもたらしたものだろう。
 ディープ・パープルのハイウェイスターをバックに疾走するトラバント。
 1989年の今頃、誰がそんな姿を想像出来ただろうか?
 
 
オマケ
 ↓ 
Deep Purple - Highway Star[Original Live] (http://jp.youtube.com/watch?v=KgZSnAkQc4c
Deep Purple - Highway Star (http://jp.youtube.com/watch?v=-VGKlc6N_Ss

 

なお、トラバントについては、5月4日の日記 「トラバント」 (http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/65815) もご参照下さい。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/06/07 20:25 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/69248/user_id/316274

 

 

|

« 『藝州かやぶき紀行』からドイツの炭鉱住宅への旅 | トップページ | ヒトラーのタバコ »

ユートピアとしての全体主義」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1135955/25976870

この記事へのトラックバック一覧です: トラバント、ハイウェイスター…?:

« 『藝州かやぶき紀行』からドイツの炭鉱住宅への旅 | トップページ | ヒトラーのタバコ »