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2008年12月 7日 (日)

続・首相辞任(昭十九年七月十八日)

 

 昭和20年7月18日、サイパン陥落の大本営発表の日に、東條内閣は総辞職していた。

 ラジオを通して発表されたのが、7月20日。新聞に報道されたのは、7月21日になってのことだ。

 記者会見場での、「あなたとは違うんです」という発言がリアルタイムで中継され、ネット上の動画サイトで繰り返し見ることが出来てしまう、この現代の情報のスピードからは想像し難いような思いさえする話である。

 それでも、情報を完全に管理することは難しいのだろう。

 街のウワサの情報伝達力を侮ることは出来ない。

十九日 晴 

 〇東条内閣瓦解の噂あり。

 〇夕、下目黒の高須さんの家にゆく。浅草に住む高須さんの知人のラッカー屋加藤さん来り。三人でウイスキーをのむ。サントリー・ウイスキーいま一瓶二百円の由。

 東条内閣瓦解の噂につき、加藤さん、酩酊して、

「誰がやったって同じだ。東条が今やめるなんて、そんな無責任なことをさせてたまるか」

と、絶叫する。十一時過ぎ下宿に帰る。戸をあける下宿のおばさん甚だごきげんななめ。

          山田風太郎 『戦中派虫けら日記』 (ちくま文庫)

 

 「誰がやったって同じ」という言葉は、現在のニュース報道中の「街の声」からもよく聞かれるものだ。政治に対するこのような感覚は、決して、新しいことではない、ということだろう。

 東條英機の首相辞任に際しても、この言葉が、国民の口に上っていたわけだ。

 「東条が今やめるなんて、そんな無責任なことをさせてたまるか」という言葉を生み出す心理も興味深い。

 「責任」の取り方についても、人の感じ方考え方は一様ではない、ということだろう。

 翌日の日記には、

 

二十日 晴

 〇今朝東条内閣総辞職発表さる。日本の苦悶――われわれはいかにすべきか。いかに祖国の難に応ずべきか?――一日中、このことが頭にこびりつく。

 疎開の運搬作業中も「無責任な奴だなあ!」とみな東条さんを罵る。東条さんの苦しみはしかし一個人の責任ではあるまい。ともあれ、緒戦当時会議で獅子吼したの力強い声はもうきかれない。

 小磯国昭大将に大命降下の噂あり。けさ朝鮮から飛行機で帰来したそうだ、と朝から噂をきいていたら、夕刻、小磯米内両氏に大命降下の発表、民衆のささやきの恐るべき早さよ!

 二人の人物に大命降下とは稀有のことだ。国難の容易ならざるを見る。しかし――しかし――ああ、天才出でよ、超人出でよ。

 今日もはや努力型の人間ではそのなすことは知れたものである。ヒトラー、スターリン、、チャーチル、ルーズベルト、蒋介石、これらは敵味方を問わずことごとく一種の超人たちである。日本にはいないのか?

 〇本日を以て勤労動員終わる。明日一日は慰労休暇とのこと。夏休みは時局の逼迫により短縮されるであろうとのこと。

 上野公園を歩いていたら、茶店に蚊取線香を売っているというので、二束買う。自分の下宿には蚊はいないが、高須さんの家には蚊が多いので持っていってやろうと思う。軍隊用のものとか干うどんのひからびたような奇態な香取線香で一束二十本あまり二束で三円。

 

と、小磯国昭の首相就任が、朝には噂として、夕方には公式発表として記録されている。

 山田風太郎自身が、「噂」の情報伝達力に感心しているところも面白い。

 ここにも、辞任する東條首相への「無責任」という感想が、周りの人間達に共有されていたものであることが記されている。

 東條首相は、その座を去ることで職責から解放されるが、勝つアテの見えなくなった戦争は続き、国民は戦時下に負わされる様々な義務から解放されることはない。「非常時」の日常は続くのである。

 そのような気分からの言葉であろうか?

 今日もはや努力型の人間ではそのなすことは知れたものである。ヒトラー、スターリン、、チャーチル、ルーズベルト、蒋介石、これらは敵味方を問わずことごとく一種の超人たちである。日本にはいないのか?

という言葉の中に、若き山田風太郎の東條英機評価を見出すことが出来るだろう。

 努力型の人間!

 東條英機自身には、辞任の意思などまったくなかったのだが、その意思に反する「内閣総辞職」という事態は、国民からは「無責任」という評価を受けていた。

 実に皮肉な話ではある。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/09/03 22:14 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/77729/user_id/316274

 

 

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