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2008年12月 7日 (日)

不都合な戦争の都合という問題 10

 

 高田里恵子 『男の子のための軍隊学習のススメ』 (ちくまプリマー新書 2008)のご紹介をした際に、富士正晴の作品である「帝国軍隊にお於ける学習・序」に言及した。
(→ http://uma-sica.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-65a8.html

 先日、久しぶりに読み直してみた(『ちくま日本文学全集 富士正晴』 筑摩書房 1993)。

 やはり傑作であった。

 前回、高田里恵子の本を紹介する際に、

 高田里恵子は、時代的変遷も見逃さない。
 要するに、日中戦争から米英との戦争へと進行し、軍隊が恒常的に人員不足へと陥る中で、徴兵対象が拡大される。つまりそれまでは兵役不適格者と評価されていた人間達をも兵士として取り扱わざるを得ない状況に追い込まれるわけだ。
 結果として、日本社会の元来持っていた可能性が、凝縮された姿で、兵営の中に現実化することになる。
 多くの軍隊小説の背景にはそのような状況があること、つまり、そこに見出されるのは日本の軍隊の、必ずしも恒常的な姿なのではなく、ある追い詰められた状況下に現実化してしまった姿なのであるということ。
 それを指摘した上で論を進める高田里恵子の姿に、私は大きな信頼感を感じる。

と書いたわけだが、今回あらためて富士の作品を読み直してみて、その「帝国軍隊に於ける学習・序」に、戦争の進展と共に追い詰められていく「帝国」の姿が、そして追い詰められていく「帝国」により追い込まれていく主人公の運命が、見事に重ね合わせて描かれていることに気付かされ、感心した次第である。

 当初、徴兵検査で、丙種合格であった主人公は兵役の対象とならず、役所勤めの身であったのだが、時代の進展(好転しない戦局)は、丙種合格者も軍事教練の対象として取り込んでいくようになる。それが嫌な主人公は、役所勤めを辞めて、解放された気分となる。

 しかし、それもつかの間、ますます好転しない戦局の中で、丙種も簡閲点呼の対象となり訓練に組み込まれてしまう。防空演習が日常的になる。

 防空演習の日常にウンザリした主人公は、徴用対象になり、防空演習の日常からは逃れる。しかし徴用工の生活もあまりにひどい。

 そこへついに教育召集令状がやって来る。いよいよ新兵さんである(しかし30過ぎの)。

 兵営の日々が始まり、最後には、一番成績の悪かったはずの主人公達が、前線部隊へと送られることになる。

という流れの中に、様々なエピソードと主人公の感想が積み重ねられ、小説は進行していくのであった。

 

 番号ッ! 一、二、三、四、五、六……。たちまち一箇の数に抽象され、人間の安物に具体化される。体がもとであるからだ。そして教練を受ける方は乙種にしろ丙種にしろ、三等兵に外ならない。軍隊にひっぱられてやっと二等兵になる代物である。つまり安物だ。軍隊教育がないのだ。号令一下、あっちへ動かしこっちへ動かししているうちに在郷軍人諸君の下士官気質、古兵気質がむくむくと頭をもちあげてくる。被教育者の方は何やら容易ならぬものが頭にかぶさってくるような不快さと恐怖を感じる。畜生! 秘書課の若造め(この人物が在郷軍人として主人公達の教練にあたっているわけだ-引用者)、ここをいいしおに、いばりやがって! だが我々はその容易ならぬものが国法を背後に背負っていることをちゃんと感じている。国法はこわいのである。国法は守ってくれる気がしない。国法は罰を加えにくる。――何とかこの時間をはぐらかす方法はないか。昼間から出張することなど計画するより外はない。そうはうまく行かぬ。この世に憲兵がおるということが、見たこともない癖にいやに気になりはじめる。命じられること、強いられること、恐れること。全く厭になって役所を止してしまった。しばらくは軍事教練は姿を消す。丙種はやっぱりしゃれておるよ。

 

 これが、小説冒頭の後半部分である。

 「命じられること、強いられること、恐れること。全く厭になって」役所勤めを辞める主人公。

だが我々はその容易ならぬものが国法を背後に背負っていることをちゃんと感じている。国法はこわいのである。国法は守ってくれる気がしない。国法は罰を加えにくる。

この世に憲兵がおるということが、見たこともない癖にいやに気になりはじめる。

という世界の中での出来事なのである。

 ある時期の、大日本帝國の日常風景、ということになる。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/10/06 22:54 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/80991/user_id/316274

 

 

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