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2008年12月 4日 (木)

「大東亜共栄圏」あるいは善意ある加害者という問題

 

 つまるところ、「善意」と「はた迷惑」の親近性とでもいう話となってしまった(昨日の日記の話)。

 相手への想像力、他者という存在がはらむ異質性への想像力を欠いてしまう時、「善意」は「はた迷惑」として実を結ぶことになる。

 たとえばの話、アメリカ合衆国の政策を考えれば、そこに「悪意」を発見することは難しいのではないか。

 独りよがりな善意が、結果として、イラク国民の悲惨な現状を生み出したのだ。

 これはヴェトナムでも、既に経験済みのことであったはずだ。

 アメリカ人を思考パターンを、ヴェトナム人にも当てはめ、心理を予想し、圧力をかけたつもりになっていても、当のヴェトナム人はアメリカ人の期待するようには物事を考え感じたりはしないのである。注意深いシミュレーションをしたつもりになっていても、それはヴェトナム人の思考や感情のシミュレーションではなく、単に自分たちアメリカ人の思考と感情のシミュレーションにとどまっていたということだ。

 ヴェトナム人の戦意を失わせ、成果を生み出すはずの様々な政策及び作戦行動は、逆の結果をしか生まず、失われたのはアメリカ国民の戦意となったのである。

 ヴェトナム人も民主主義を求めていたであろうし、イラク国民もフセイン抜きの民主的な国家運営を求めていただろう。

 しかし、それは、アメリカ軍の銃撃によってもたらされるものではない。民主的な政権は、民主的であればあるほど、アメリカ合衆国政府の期待とは異なる方向の政策を採用する可能性すらあるのである。

 ところが、合衆国政府の想像力は、「民主的」であることの実現を、合衆国の短期的利益に合致する政策の採用としてしか理解出来なかったということだ。

 他者を自らの延長としてしか想像出来なかったことの帰結として、合衆国政府の外交的失敗がもたらされることになる。

 しかも、そこには自国の兵士の犠牲が伴い、それを上回る悲惨さを、ヴェトナム人やイラク人にもたらすものとなったことは忘れるべきではない。

 ヴェトナム人やイラク国民は、本来なら、「善意」の受け取り手であり、「善意」への感謝に満ち溢れているはずであった。

 しかし、現実には、アメリカはそこでは加害者なのであり、ヴェトナム人もイラク国民も、あくまでも被害者であるという関係性が成立してしまっているのである。

 更に悲劇的なのは、ブッシュ政権には、いまだに、加害者という自らの位置付けへの自覚が存在しないというところであろう。

 「被害」と「加害」の非対称性のもたらす問題については、これまでも度々取り上げて来た。

 「加害」というのは、必ずしも当事者の「意思」の問題ではないのである。「悪意」の結果の「加害」とは限らないということだ。

 「善意」は、「加害」への意思とは正反対の方向へのベクトル上の存在であろう。しかし、相手への想像力を欠いた「善意」は、時として、相手にとっては利益ではなく被害をもたらす結果を生み出しかねないのである。

 その時に、相手にとっては、「善意」の持ち主は「加害者」以外の何者でもない。

 かつてのこの国の行為を考える時にも、その問題から目をそらすべきではないだろう。

 「大東亜戦争」と名付けられた戦争のことだ。

 西欧諸国の植民地と化したアジアの解放、そして「大東亜共栄圏」の確立という戦争の名目がある。

 もちろん、そもそもが中国大陸における大日本帝國の、中華民国政府と国民の主権を無視した軍事行動の拡大こそが、大東亜戦争の起源である以上、「アジアの解放」という名目自体がナンセンスであることは、これまでも繰り返し論じて来たことだ。

 付け加えれば、「大東亜戦争」という名称は、対米英戦の開始に伴う閣議決定による大日本帝國政府による正式呼称である。その閣議決定において、対米英戦に先立つ「支那事変」をも「大東亜戦争」の呼称に含めることも明言されている。

 つまり、宣戦布告なしの、他国領域における主権を無視した軍事行動の拡大としての「支那事変」をも「大東亜戦争」の名で呼ぶ以上、そこにあるのは明白な侵略行為に他ならず、「アジア解放」という名目は既に意味を失っているのである。

 しかし、一方で、「アジア解放」や「大東亜共栄圏の確立」というスローガンは、当時の大日本帝國の国民にとっては、戦争の意義付けとしての機能を果たしていたという側面も見落としてはならないだろう。

 皇軍兵士は、「大東亜共栄圏の確立」のために、「アジア解放」のために、中国の国民を殺し、アジア各地で日本軍の占領に同意しない人々を殺し続けることが出来たのである。必ずしも、占領地の人々への悪意が、軍事行動による殺人の動機であるわけではない。「加害者」であることを望んだわけではない兵士の行為が、しかし、被害者を生み出し続けたという点に留意するべきであろう。

 この問題は、単純に考えては、歴史理解として不足を生じるだろう。

 つまり、「大東亜共栄圏」という発想自体に、戦争の正当化イデオロギーのみを見てしまっては、理解としては十分なものとなりえない。

 心情的には、明治期以来の、(白人諸国の植民地と化したアジアの状況の打破を願うイデオロギーとしての側面をも持つ)「アジア主義」の延長線上に生み出されたものであることに注意を払っておく必要がある。そこに、戦争の正当化イデオロギーとしてにとどまらない、受容の基盤があったと考えておくべきだろう。

 国家の支配領域の拡大のみに関心がある層にとっては、ただの名目に過ぎない。しかし、西欧植民地となってしまったアジアへの共感を持つ人間にとっては、自己の善意の現実化への道として理解されてしまうものでもあった。

 結局のところ、「大東亜共栄圏」の現実、大日本帝國による「アジア解放」の現実とは、諸民族・諸国民の対等な関係の実現などではなく、大日本帝國の指導による(大日本帝國の利益が優先された)政治経済的ブロックの実現でしかなかった。

 「アジア解放」というイデオロギーを信じ、前線で戦闘に従事した兵士たちの「善意」が実を結ぶ場所はなかったのである。

 大日本帝國という国家は、前線兵士の善意、銃後の国民の善意とは別の場所に、政治的経済的軍事的利益のありかを見出していた、と考えなければならない。

 そして、国家とは、現実の制度であると同時に、虚像でもあるような存在だ。国家自体に意思があるのではなく、制度としての国家の運営者の意思が、国家の行為に反映されていると考えるべきなのである。

 この場合の国家の運営者とは、一人の人間に集約されるような存在ではない。政治家であり官僚であり軍人であり経済人であり…、つまり、一枚岩の存在などではなく、錯綜した利害関係の結節点での、その都度の意思決定に関与し得た者という程度での理解が妥当に思う。

 「善意」もあれば「打算」もあり、強い意思もあれば妥協もある中での「開戦」であったと考えておくべきであろう。しかし、関与した者は責任を問われなければならない。戦争を推進した者は、そのこと自体によって。開戦に反対であっても阻止出来なかった者は、阻止出来なかったことによって。

 再び、銃後の国民や前線兵士の「善意」の問題に立ち戻ろう。

 いずれにせよ、かつて現実に存在した「善意」を、あの戦争の正当化に結びつけることはナンセンスなのである。

 そこに「被害者」が存在する以上、「善意」の持ち主であれ、そこでは「加害者」として見られてしまうことを受け入れなければならない。

 それは、確かに、当人にとってはつらいことであろう。

 しかし、後続世代が、先行世代の加害者性に目を閉ざしてしまってはならないだろう。それは日本人として、実に、恥ずかしいことだと思うのだ。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/02/05 20:25 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/57214/user_id/316274

 

 

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