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2008年12月 7日 (日)

不都合な戦争の都合という問題 8

 

 「戦争責任」について考える、という夜が2日ほど続いた。

 もちろん、終わったわけではない。

 総力戦時代の戦争であるからこそ、「戦争責任」という発想も生まれるのだろうか?

…というか、「戦争責任」の語義は、そもそもが曖昧なものだ。

 そのことについては既に何度か論じているが、「誰の誰に対する何をした責任なのか?」という肝心の点が曖昧なのである。

 大東亜戦争が、大日本帝國の勝利に帰していれば、そもそも東條英機に対しても昭和天皇に対しても、「戦争責任」の問題を云々するようなことにはならなかっただろう。

 そのような意味で、対外的にも対内的にも、大日本帝國の敗北という事実の結果として問われているのが、開戦時の首相と開戦時の天皇の「戦争責任」なのである。

 日本国憲法第9条が国民に受け入れられたのも、負けた戦争の経験の結果である。戦争が、国家にとっても国民にとっても、大きな損失をもたらしうるものであるという経験は、それまでには存在しなかったのだということは、忘れられるべきではない。

 戦争は、勝っている限り、国家の利益であり国民の利益であった。

 もちろん、戦死者当人及び家族にとっては、個人的には、何より大きな損失として経験されるだろう。しかし、戦死は、そこでは究極の国家への貢献として評価されることになる。私人としては悲しい死も、公的には輝かしい死として評価されてしまうのだ。

 そこからは、「無駄死に」という感覚は生まれにくい。

 負けた戦争での戦死とは、その意味で救いを見出し難い事態だ。

 「無駄死に」という感覚がまとわりついてしまうのである。

 そのような意味で、勝った戦争での戦死者に対する社会の処遇と、負けた戦争における戦死者に対する社会の処遇では、明らかに後者により大きな困難が生じてしまうことは理解出来るだろう。

 それは戦死者だけの問題ではなく、戦傷者の処遇の問題、復員して来る軍人・兵士すべての問題として生じるのである。

 ヴェトナム戦争でのアメリカは、まさにその問題で失敗したわけである。

 アメリカが勝てなかった戦争での戦死者、戦傷者、復員者は、故国の社会から、無意味な戦死、無意味な戦傷、無意味な従軍をした者として取り扱われることになってしまったのである。

 ヴェトナムでもアメリカが成功していれば、あの戦争を「大義なき戦争」と、アメリカの社会が評価することはなかっただろう。ヴェトナムの「共産主義者」への勝利は、十分に戦争の「大義」たりうるものであったはずだ。

 アメリカの若者の失われた命が、勝利に結びつかぬまま続いていく戦争という経験は、戦争遂行自体への疑問を社会に呼び起こし、戦争への米軍の関与は打ち切られることとなった。

 「負けた戦争」と呼ぶことは慎重に避けられ続けたにしろ、「大義なき無意味な戦争」として、アメリカ社会はヴェトナム戦争を評価してしまうことになる。

 結果として、ヴェトナムにおける戦死者、戦傷者、そして従軍者達は、社会が感謝を捧げるべき存在としてではなく、無意味な戦争に無批判に参加した愚か者としての評価を受ける破目に陥ったのである。彼らの犠牲はアメリカ社会から評価されなかったのだ。

 もちろん、アメリカ社会の視野に、戦場となったヴェトナムの人々の上に降りかかった災厄についての想像力など期待出来ない。

 ヴェトナムにおける米軍は、ヴェトナム人にとっては惨禍をもたらす存在であったことを否定するのは難しい。米軍人・兵士は、対外的には確かに加害者であった。

 しかし、米国が国家として戦争介入を選択し、少なくとも当初はそれが国民の支持を受けていたことを考えれば、対内的には、米軍人・兵士は生命の危険の中で国家への貢献を果たした人々である。

 にもかかわらず、戦争の無意味さという社会的に共有されてしまった感情は、米軍人・兵士の犠牲をも無意味なものとして評価してしまうという方向に進んでしまったのであった。

 彼らは戦場における自らの犠牲が、社会的に評価されないという現実の中で生きることを強いられることになるのである。

 戦場を体験するということ自体、精神的外傷を生み出すものだ。その精神的外傷は理解されるどころか、社会から彼らが受けたのは冷たい視線だけであった。つまり、彼らはそこで二重の精神的外傷の中に生きることになるのである。

 いや、現実には、生きることを断念し、自殺に至ることにさえなったのである。

 忘れられるべきではない、ヴェトナム戦争後の現実だ。

 戦争を絶対悪として考えること自体は、誤りではないと思う。

 しかし、実際問題としては、人間が戦争を絶対悪として考えることは、必ずしも一般的なことではないことも、(うれしいことではないが)事実であろう。

 勝った戦争は、普通、悪ではないのである。

 さて、ところで、戦後の日本社会は、戦死者達、戦傷者達、復員兵達に対し、適切に接することをして来たのだろうか?

 これは、「戦後日本社会の戦争責任」とでも言うべき問題だろう。

 これは、現在の、いわゆる「靖国問題」にまで連なる、かなり重要な問題である、と私は考えるのだが…

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/09/20 21:41 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/79356/user_id/316274

 

 

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