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2008年12月 7日 (日)

不都合な戦争の都合という問題 11

 

だが我々はその容易ならぬものが国法を背後に背負っていることをちゃんと感じている。国法はこわいのである。国法は守ってくれる気がしない。国法は罰を加えにくる。

…と、「帝国軍隊に於ける学習・序」の主人公は感じていた。

 

 昨日に続き、富士正晴の「帝国軍隊に於ける学習・序」を読み返す。

 

 註 成年に達し徴兵検査というので男根から尻の穴まで調べられた結果、合格不合格が決定される。合格に甲種、第一乙種、第二乙種、丙種がある。体の良い順であり、大体丙種などは数の内に入らぬものだった。従って在郷軍人会の受ける点呼などというものには関係なく、主観的には不合格のつもりでおれたのである。ところが……

…というところで「1」が終わり、小説は「2」へと進む。

 

 皆様お疲れのところをまことにごくろうさまでございます。ごぞんじのように今年から丙種も点呼を受けるようになりまして、今後から点呼のために、準備教育をいたすことになりました。不肖わたくし(このころから妙に不肖というのが流行しはじめ、もっと後になると東条英機の気障ったらしい演説口調とナマリが世間一杯になった。その憂鬱さ!)が皆様を訓練することになりました。よろしくお願いいたします。軍隊は地方とは異なっていますから、教練が始まりますと地方での地位も名誉も忘れて、単なる一兵卒という気持ちになっていただきます。軍隊では上官の命令は(そこで彼は不動の姿勢をとる。背丈が二割は伸びたことを我々は心の底で感じる。軍隊が彼をバックアップして彼はキゼンたる表情になる。その一瞬よ!)気を付けッ! おそれ多くも天皇陛下のご命令である。休めッ! ことになっております。ですから、ただ今より教練する間は、自分の命令をそのようにお考え下さい。終り。
 終の頃には彼はすでに「自分」となっていて断じて「わたし」や「わて」ではない。軍人としての彼である。例え上等兵位であっても(と、何にも知らぬ地方人は気楽に考えて、実際に軍隊に入るまでそれがとんでもない誤解であったことが判らぬ)その命令は三等兵の前では朕の命令である。教練が始まって十五分もたたぬうちに朕の命令がいかに垂直に人間関係を貫き通すものかを手痛く我々は知らされる。それは役所の昼休みの教練どころではない。

…と続くが、日常風景なのである、これが。というか、戦局の進展と共に日常風景化していくのである。続く文から、少し抜書きをしておこう。

 

 自分は、自分は……でありますと大声で喋ることで、かんじんの自分が口から抜けていくような心細さ。

 われわれは煙草屋で煙草を買うのにも最敬礼をしそうにさえなってくる。なぜなら煙草屋のチョビひげのおやじは在郷軍人会何々分会の副会長の准尉であり、町会長であり、警防団長ですらあるからだ。煙草屋のおかみさんまで少し威張り気味でかげで評判がわるいが、そこはサワラヌカミニタタリナシだ。とにかく長とつく奴の命令は朕の命令にほぼちかくなってきていた。下手にさからうと防空演習の時に、焼夷弾が二階に落下と想定され、バケツリレーの対象になって、二階の畳はびしょ濡れとなるのである。

 

 富士正晴の文章を通して、「朕の命令」に覆われた、当時の生活風景がよみがえるだろう。

 この背後にあるのが、

 第1章 天 皇 
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス 
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス 
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス 
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ 
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ 
第6条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス 
第7条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス 
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス  2 此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ 
第9条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス 
第10条 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル 
第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス 
第12条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム 
第13条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス 
第14条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス  2 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム 
第15条 天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス 
第16条 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス 
第17条 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル  2 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ

…という「大日本帝國憲法」の条文である。

 煙草屋のチョビひげおやじの発する「朕の命令」を支えているのが、

  第11条 天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス 

という大元帥陛下としての天皇の姿、昭和天皇の存在なのである。

 「立憲的に」振舞おうとする天皇とは別の天皇の姿がここにあるわけだ。

 大元帥陛下は陸海軍を統帥するのみでなく、

  とにかく長とつく奴の命令は朕の命令にほぼちかくなってきていた

時代の日常風景の中で、国民生活が命令と服従の連鎖として組上げられていく過程の中心に位置することになってしまうのである。

 多分、昭和天皇の意思とは全く関係のない話としてではあろうが。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/10/07 22:29 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/81104/user_id/316274

 

 

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