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2008年12月 7日 (日)

『藝州かやぶき紀行』への旅

 

 小岩まで行って来た。

 メイシネマ映画祭、初日に、友人の青原さとしの新作、『藝州かやぶき紀行』が上映される。

というので、片道2時間。

 2時間の甲斐ある作品だった。

 広島の「かやぶき屋根」の話だ。実に地味な題材だ。

 それが実に面白い。

 かやぶき屋根職人の証言と作業風景、各地に残るかやぶき屋根の映像。それだけだ。

 それだけで1時間半。

 淡々とつないであるだけ、でもあるが、やはり抜群の編集感覚の賜物だろう。「広島のかやぶき屋根」というテーマから、実に様々な話題が引き出されているのである。

 この100年の日本の近代史が詰まっている。広島のかやぶき屋根というローカルな題材から、近代日本の歴史的経験が、見事に俯瞰出来てしまうのだ。

 職人さんたちへの取材から、広島県内のかやぶき屋根の葺き方にも、系統の異なる道具・方法があることがわかってくる。

 つまり、「日本文化」どころか、広島県内のかやぶき屋根をめぐる技術文化でさえも一様なものではないことが理解出来るのだ。

 一様なのっぺりしたものとしての日本文化理解への反証として見事なものだと思う。映像だから、それが「一目瞭然」なのである。

 また、広島県出身の屋根職人の仕事は県内にとどまらない。山口県を越えて九州は福岡まで。北は京都まで広がるという。それぞれの地で信頼され、それぞれの地に技術の伝播(後継職人の現地での養成)までしているのだ。

 山口県内の屋根職人(広島の職人の弟子)が、道具として使う刃物も広島のものがよいという話をしていたのも印象的だった。つまり、屋根葺きとは、屋根職人のみで出来ることではないのだ。

 材料となる良質なかや(ススキ)の入手も、屋根の出来に関わる。細い材がよいのだそうだが、毎年刈られていないと、細い材は得られない。

 それにしても、仕上げ段階での美しさへのこだわり。日本の職人の技術を支える精神を感じてしまう。

 そんなことを、山間の集落の四季折々の美しい映像と共に見、考えることが出来る。

 最初にデータがあって、それをまとめたような教科書的なつくりではない。

 取材を続け、様々な土地に出向き、人と出会い、話を聞く。聞いた話から、次の土地へと向かい、人と出会い、話を聞き…

 どこへ連れてかれて行くのか、映像を見る者に、終着点は予めわからないのだ。まるで取材に同行しているように、新たな出会いから新たな視野が開ける瞬間に、映像を見る私たちも立ち会わされてしまうのである。

 そして、文化とは、出来上がったものなのではなく、まさに生きている人間が作り上げていくものなのだということが実感されるのだ。

 かやぶき屋根の存在そのものが、そのように成り立っており、この『藝州かやぶき紀行』という作品そのものに、その精神が宿っているのである。

 守旧的な記録映像ではなく、説教くさい教育映像でもなく、拡がる世界にワクワクさせられる映像。青原マジックだ。

(『藝州かやぶき紀行』は、東京では5月31日より、「ポレポレ東中野」で上映される)

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/05/03 21:08 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/65725

 

 

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