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2008年12月 7日 (日)

不都合な戦争の都合という問題 12

 

 

軍隊では上官の命令は(そこで彼は不動の姿勢をとる。背丈が二割は伸びたことを我々は心の底で感じる。軍隊が彼をバックアップして彼はキゼンたる表情になる。その一瞬よ!)気を付けッ! おそれ多くも天皇陛下のご命令である。休めッ! ことになっております。ですから、ただ今より教練する間は、自分の命令をそのようにお考え下さい。

          富士正晴 「帝国軍隊に於ける学習・序」

というような言葉が蔓延する世界。

 支那事変以来の大日本帝國は、「暴支膺懲」をスローガンとしながら、その支那の国境を越えて軍隊を送り込み、暴威を振るったにもかかわらず、「支那」の国民政府を「懲らしめる」ことは出来ず、「事変」という名の戦争に終わりは来なかった。4年が過ぎても終結の緒は見出せず、国民政府との戦闘状態の終了どころか、逆に大日本帝國は対米英開戦という選択をしてしまう。

 より大きな戦争を始めてしまうのである。

 支那事変は、あの広大な中国大陸を舞台としての、実質的な戦争であった。大日本帝國にはその自覚はなかったが、対する国民政府を率いる蒋介石も、中国共産党を指導する毛沢東も、その戦略を大日本帝國に対する一大消耗戦として構想していた。

 本来、対米戦争における資源供給地として構想されていた中国大陸において、大日本帝國は消耗戦に陥ることを余儀なくされ、実際に、資源も兵隊も消耗の一途をたどってしまったわけである。しかも、大陸における戦火の拡大は、米国による経済制裁へと発展し、資源の枯渇はますます現実問題として帝國を追い詰めていくことになる。

 ここで大日本帝國は、大陸での戦闘の終結のかわりに、真珠湾攻撃を選択してしまうのである。

 当初の戦果として獲得した占領地を、大日本帝國への資源供給地として組み込むより早く、米軍の反抗は開始されてしまう。

 支那事変段階では、敵は広大な大陸であり、豊富な人的資源であった。

 対米戦争では、敵は巨大な生産力に支えられた国家なのである。大日本帝國においては、米国民は享楽的な個人主義者であり、そこに戦争における弱点を抱えているのだされていた。しかし、実際の米国民は、清教徒の末裔であり、フロンティアスピリットに支えられた精神力ある個人主義者であったのである。

 もちろん、滅私奉公の「国体の精華」が、米英の個人主義などに負けるはずなどないのであったが…

…しかし、滅私奉公の内実が、何かというと、

   上官の命令は、 気を付けッ! 

  おそれ多くも天皇陛下のご命令である。

   休めッ! ことになっております。

と叫ぶ上官への滅私奉公となり、

  とにかく長とつく奴の命令は朕の命令にほぼちかくなってきていた

世界では、すべてが「朕の命令」への「滅私奉公」として表現されるということになっていくのが、大日本帝國臣民にとっての現実であった。

   

 現実の大元帥陛下の意思とは全く関わりのない場所で、「朕の命令」が暴威を振るい始めるのである。

 上位者の単なる私的欲求の充足も、下級者には「朕の命令」として伝えられ、その実現に努力することが、臣民の義務として強要されることになる。

 米英の個人主義においては、個人は同時に公的世界の主人公でもある。個人と公的世界は相補的なものなのだ。個人が個人として生きる場を確保するためにも、公的世界は、その個人によって守り抜かれねばならないのである。

 まぁ、いわば、「奉私奉公」というイメージだろうか。

 大日本帝國における「滅私奉公」の実態は、上級者の恣意への服従であった。

 戦争は続き、あらゆる物資は不足し、兵隊が戦死していく中で、「朕の命令」に名を借りた、「滅私奉私」とでも言うべき状況が進行していくのである。

 一大消耗戦の果ての、そんな世界のあり方が、富士正晴によって、見事に描き出されているのであった。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/10/08 22:58 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/81205/user_id/316274

 

 

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