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2008年12月 3日 (水)

正月突入ポケモン日記…?

 

 既に元日の夜だ。

 初詣にも行かずに、力の抜けた一日を過ごしてしまった。

 夕方には、ヒーターの前で、猫をお腹にのせて寝転がっているうちに、本格的に眠ってしまった。

 猫と過ごす寝正月、が本年のスタートである、ということか。

 子年、つまりネズミの年だ。

 友人からの賀状に、

 -子年の出来事-

 1972年 日中国交正常化、沖縄返還、パンダ来日

 1984年 ピッカピカの一年生♪、お札一新、コアラ来日

 1996年 ポケモン、チョベリグ、EQ~心の知能指数

と書かれていた。まぁ、そんなことがあった年らしい。

 パンダ、コアラの次はピカチュウ来日という感じもしないではない。一応「電気ネズミ」である。つまり、希少動物(?)であることに加えて、ネズミの一種でもある、ということだ。

 だからどうだということになるわけでもないが、そんなことをぼんやり考えたりしている年頭の記録にはなるだろう。

 「ポケモン」登場の頃は、娘が3歳。テレビの前の娘に付き合って、番組も見ていた記憶がある。

 コダックというキャラクターが、娘の母にそっくりだったり、ヤドンという名の怠け動物キャラに自分の姿を見出していたのもその頃の話だ。

 ↑ コダック

 ポケモン、つまりポケット・モンスター、つまり想像上の愛玩(?)動物ということだろう。少年少女が飼いならし、闘わせ、勝負を競う。

 実際に存在する、闘犬、闘鶏が同種動物によるものであるのに比べ、異種動物間の格闘が展開される。トレーナーの少年少女と、それぞれのポケモンが心を通わせながら(?)勝負を勝ち抜き(あるいは敗れ)、ストーリーが展開されていく。

 見ながらの私の感想。

 代理戦争アニメではないか、これは。

 だから大批判を展開しようとかいうようなものでは、もちろんない。まぁ、あくまでも感想である。

 日本アニメ、あるいはコミックには、様々な戦闘渦中のエピソード、戦闘シーンの連続で構成されているものがある。だからいけないとは言わない。

 ただ戦闘シーンが、フィクションの上でも、日常的に消費されているということは確かなのである。

 ビジネスものだって、まぁ、戦闘もののヴァージョンのごとき展開を見せることもある。つまり、生きること、生き抜くことは戦いそのものでもありはする。

 まぁそんなことを考え合わせながら、ポケモンを見ると、代理戦争というイメージがそこに立ち現れてしまうのであった。

 実際に闘うのは、ポケモン同士であって、トレーナーはその背後に控えているだけだ。しかし、勝負の結果は、ポケモン自身の力の評価であると同時に、それ以上にポケモン・トレーナーの力量の発露として考えられているように見受けられる。

 それを「代理戦争」と私は読んだ、そして「代理戦争」と呼んだ、というわけだ。

 文化史的出来事として、将来的に、どのように評価されていくのかはわからないが、ポケモン登場は、日本人の中での「闘い」イメージに新たな一章を書き加えてしまっていたのではないか、なんてことまで考えてしまわないでもないのである。

 と、まぁ、正月元日早々、妄想日記である。

 いずれにしても、ポケモンとの遭遇を我が家は楽しんでいたのであり、コダックグッズやヤドングッズ・コレクションは増え続けたものだ。

 陶器製のコダックの貯金箱や風鈴など、見つけたときには大喜びしたものである。

 つまり、ポケモン=代理戦争をめぐる「感想」も、本気のものではなく、一種のジョーダンであるということになる。けれど、ジョーダンの中に一片の真実も宿っている。そう考えているわけだ。

 実際の戦争の現実、21世紀の戦争の現実を考えた時に、案外、本質を突いているような気もしてきてしまうのである。

 先進国間での、新たな領土獲得、国境線の変更を目的とした戦争は、ほぼ起こりえないだろう。

 戦争の利益がそのコストを上回ることはない。これが第一次及び第二次世界大戦での教訓である。近代戦争=国家総力戦とは、そのようなものだったのである。

 そして90年代以降に、戦争をめぐって顕著になってきた問題がある。

 「少子化」が与える戦争への影響である。

 かつての戦争(国家総力戦)では、数万人規模の戦死者の発生も、国家による戦争の継続に影響を与えることはなかった。が、今やそのような時代ではない。戦争で家族が失うのは、たった一人の息子なのである

 イラク派兵国のイラクからの軍の撤退は、戦死者発生の時点での世論の変化に負うところが大きいことは見逃すことの出来ない事実だと感じられる。そもそもが気の進まぬ派兵であったにしても、撤退の口実が、100人にも満たない戦死者数であることには注目しておく必要があるだろう。

 そのような意味で、「少子化」の下にある、先進国間での戦争は、既に時代遅れのイメージなのだと考えるわけだ。

 その上で、現代における「戦争」として「内戦」という形態、特に途上国における「内戦」の恒常化を考えておくべきだろう。「内戦」に先進国は無縁ではないのである。

 資源の確保・獲得は先進諸国にとっても課題である。その中で、内戦の帰趨は、先進諸国の関心事項でもあるのだ。一方の勢力に加担すれば、そこに出現するのは、文字通り「代理戦争」と呼ぶべき事態なのである。

 しかも、現実の戦闘の中心に民間軍事会社の存在があったりするのだ。これまた別の意味での「代理」であろう。

 先進諸国の「代理」であると共に、内戦当事者の「代理」という側面もあるという指摘も出来そうである。

…と、一度は終わりにしたはずのポケモン妄想が新たな展開を見せてしまうという、思いもかけぬ元日の夜。

 こんな話を書く気はまったくなかったのだが…

 本年もこんな調子で「日記」は続くことになるのでしょう。

 あらためて、よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/01/01 20:18 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/53467/user_id/316274

 

 

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