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2008年12月 4日 (木)

不機嫌さの生む世界

 

 日曜の夜。

 寒い。ひざの上には猫。猫も寒いらしい。

 つまり、ヒーターの前の床の上より、少しヒーターから離れていても、人間のひざの上の方が暖かいということなのだろう。

 どうも、寒くて、何かを考えるという風に頭が向かない。もちろんヒーターのお世話にはなっている。イワン・デニソビッチのシベリアからは別世界である。

 まぁ、寒さもあるけれど、頭の方も日曜夜ののんびりムードにもなっているのだろう。何か、緊急に、集中力をもって考えるべきことがあるわけではない。

 のんびりしてればいいだけの話だし、アルコール燃料の注入に躊躇すべき理由もない。ただ、まぁ、ひざの上には気持ちよさそうな猫がいることだし、立ち上がるのも悪いような…とキーを叩いていたら、いきなり猫が飛び上がって床に下りてしまった。何か夢を見ていたらしい。何に驚いたのかは知らないが、これでウィスキーに手を伸ばすことが出来る。

 出来たので、体内にアルコール注入を開始する。

 寒さの中での読書の思い出がある。

 冬の最中。外で仕事をしなければならなかった時のことだ。仕事と言っても、ただじっとしていればよいだけ。読書も出来るのだった。

 しかし、寒い中で読書というのも、考えるほど楽なことではない。

 で、考えたのが、寒い話を読もう、という方法。

 『イワン・デニソビッチの一日』をそのようにして読んだ。身に沁みた。身体が凍みた中で読んだのだ。

 もちろん東京の冬の寒さだ。シベリアの収容所の一日とは比較にならない。

 しかし、まぁ、ただ寒さで震えているよりは、雪の中でブロックを積むイワン・デニソビッチに思いをはせながら寒さに震えるというのは悪い考えではなかったと思える。

 ソ連の強制収容所のシステムはよく知らないのだが、ナチスの強制収容所では収容者への虐待がシステム化されていた感がある。

 寒さはシベリアにひけを取らなかったりするような地の強制収容所で、雪の降る中、一日中、延々と続く点呼。そのまま凍死者が出るような状況が伝えられている。

 監視の親衛隊員にとっても過酷な仕事である。もちろん、親衛隊員は十分な装備に包まれ、収容者の待遇とは全く異なるのではあるが。

 しかし、寒さの中で一日中、ただ点呼で倒れていく収容者の監視を続けなければならない。人間、不機嫌になって当然だろう。収容者への同情よりは憎しみが生まれるに違いない。

 躊躇なく他者を虐待することが出来る人間はいる。しかし、そうではない人間も存在する。

 虐待の対象は、政治犯であれユダヤ人であれ、ナチスの体制への敵対的存在である。ナチスのイデオロギーから、虐待は正当化される。

 正義感を持って虐待をする。他者に対する無神経ゆえに、平気で、虐待をする。サディスティックなお楽しみとして虐待に精を出す。

 もちろん、そのような多くの親衛隊員の存在も否定出来ない。

 一方で、特に、隊員に対する「非情教育」も行われていた。非情であることが求められていることが、教育によって強調されるのである。

 その事実は、教育なしには虐待に加担しようとしない人間の存在を暗示する。

 必ずしも虐待が人間の本性に基づくものではないという希望に結びつく点で救いであると共に、教育によって虐待者へと「成長」してしまう人間性のあり方に直面させられてしまうという意味において、救いのない話でもある。

 業務としての虐待ということでもある。その延長に、業務としての虐殺もあった。

 もちろん、親衛隊員は、よい食事によい居住環境の下で業務を遂行していた。

 しかし、寒さの中で、体制への敵対的存在の監視を続ける必要がある。

 とにかく寒さの中での仕事は楽ではないのだ。

 強制収容所の環境は、親衛隊員をより暴力的にしたに違いない。

 なんてことを考えたりする。

 親衛隊員への同情があるわけではない。

 不機嫌な人間をつくりだし、不機嫌に他者を支配させるシステム。恐ろしい話だと思うのだ。

 そして、どうも、現代日本社会の構図にも、同様のイメージが付きまとうのだ。

 格差を拡大再生産させてしまうことをよしとするシステムは、人間から協調性を奪い、相互的な敵対意識を醸成するだろう。そこで人間は不機嫌になっていくのである。

 弱者は不機嫌のはけ口として、より弱い状態へと追いやられてしまうのである。

 今、日本人は、そのような社会を構築しつつあるように感じられる。

 巨大な強制収容所としての日本。考えたくないイメージである。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2008/02/17 21:04 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/58392/user_id/316274

 

 

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