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2008年11月25日 (火)

現代史のトラウマ、その5 大日本帝国 vs 日本国をめぐるフツー日記

 

 想像力の貧しさは、貧しい結果しかもたらさない。

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を理解を超えた「悪」と考え、攻撃的な意見を表明することにより、何かが解決される、解決されうる、とする態度は愚かである。
 まずもって、たとえ相手が「理解を超えた悪」であったとしても、攻撃的意見の表明によって解決される(ように見える)のは、自身の欲求不満に彩られた攻撃的な心情のみに過ぎない。攻撃の対象を見出した自身の心情の鬱屈が解放されるだけのこと、幾分かは、ウサを晴らすことが出来るというだけのことである。
 日本では、攻撃の相手に影響を与えることの出来ない意見表明のことを「犬の遠吠え」という。プライドのある人間のとるべき態度ではないとされているはずである。
 北朝鮮をめぐる問題を、本当に解決すべき問題であると主張するなら、攻撃的意見の表明をもって、ことに対処して終わりとするような態度は、まず改めなければならない。

 実際に、「理解を超えた悪」であるのかどうかが、まず問われてしかるべきであろう。
 私からすれば、非常に理解のしやすい「悪といえば悪」にしか見えない。自らの国の歴史に盲目にならない限り、北朝鮮理解は容易である。
 朝鮮半島に現存する大日本帝国、そのように考えれば、解決の糸口は見出しやすくなるだろう。日本国の国民にとって、一番身近な参照対象として、日本国のかつての姿がある。「悪といえば悪」と表現したのは、大日本帝国も「悪といえば悪」な存在であるから、ということである。
 大東亜戦争時の大日本帝国には、「高度国防国家」という自己規定があった。「政治も外交も、経済も産業も、教育も思想も、所謂広義国防の一切の要素を挙げて、国防の目的に合する様に、一つの意志で一貫した全体組織をつくり、之を統制的に運営する国家体制」と表現された、その理念は、現在の北朝鮮において現実化しているわけである。かつての「高度国防国家」である大日本帝国が「悪」なのであれば、現在の北朝鮮を「悪」と見なすことに異存はない。しかし、かつての大日本帝国を「悪」と見なすことに躊躇があるのだとすれば、現在の北朝鮮に単純に「悪」のレッテルを貼ることにも、躊躇することが必要であろう。
 かつて、追い詰められた大日本帝国の関心が「国体の護持」に収斂していったように、現在の北朝鮮の関心が金正日体制の存続に収斂していくことも、当然の成り行きとして理解出来るはずなのである。
 国際社会はかつて、満洲国建国、支那事変の拡大、仏印への進駐といった、大日本帝国の攻撃的な行為に対し懸念を示し、原油の禁輸へと向かう「経済制裁」も課すことをも試みてきた。それがどのような効果を生んだのかは、私たち日本人自身が誰よりもよく知っているはずである。現在、試みようとしている、北朝鮮への攻撃的措置が、事態の解決に効果を持つものである可能性がいかに小さなものであるのか、自らの歴史を振り返る時、深く理解出来るはずである。

 一方で、私たちが教訓として考えておかなければならないことがもう一つある。北朝鮮が「悪」であるとすれば、すなわち大日本帝国もまた「理解を超えた悪」であったとすれば、という問題設定を、である。日本国憲法は「諸国民の公正と信義に信頼」することを立脚点としている。北朝鮮を「公正と信義」を信頼し難い「理解を超えた悪」と想定するとすれば、同時に、私たちは、大日本帝国をも「公正と信義」を信頼し難い国家であったと考えなくてはならない。
 問われているのは、日本国憲法の楽観主義をもって、大日本帝国に立ち向かうことが出来るものであるのかどうか、ということなのである。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2006/10/15 17:59 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/3439/user_id/316274

 

 

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