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2008年11月27日 (木)

昭和二十年八月二十日 蚤と蚊

 

八月二十日〈月〉          晴 頗暑 六、三〇 一〇、四〇
 昨夜は蚊と蚤に攻められて碌に眠られなかったから非常に気持が悪い。朝から相当の暑さである。入浴。

 
と、入江相政の昭和20年8月20日の日記は始まる。
 昨夜は当直である。つまり、皇居内の当直で、蚊と蚤に攻められて碌に眠れなかったというのである。
 8月16日の内田百閒の日記には、

 
 午後出社す。行きがけに神田駅にてこないだの古本屋の蚊遣線香を又二十把買った。後で使って見ると今度のはこの前のとは口が違うらしい。目方が軽く煙を吸うと咽喉が痛い。

 
という記述がある。
 さかのぼって、6月26日に、

 
 今日も脚のむくみ甚しく目蓋もいくらか腫れている様にて頭重し。夕少し早く帰る。夕また曇る。この小屋に初めの内は蚤がいて寝られなかったが、三匹捕ったらもういなくなった。この二三日は蚊に食われて夜中に目をさます。渦巻の蚊遣線香は去年の使い残りがあと三本ある丈なり。持ち出しの荷物の中にありたるなり。それを倹約しいしい使うので夜しょっちゅう痒くなって目をさます。その序に小便に起きる。

 
と、小屋の蚤と蚊のことが出てくる。この小屋は、5月25日の空襲で焼け出された百鬼園が、松木男爵邸内のかつて爺やの使用していた小屋を仮住まいとして提供され住んでいるものだ。

 
 六月三十日土曜日二十夜。毎晩蚊に食われて眠りを絶たれる。昨夜は十一時に寝たがその時は蚊遣りを焚いておいたのだけれども倹約しいしい使うので途切れる。それですぐに蚊が出て来て十一時半にはもう痒くて目がさめた。又蚊遣りをして寝たが午前一時半に又起された。それから二時半過ぎるまで起きていた。夜半にトタン屋根を敲く雨の音を聞きながらウィスキーを飲み刻み煙草を吹かし中中やれた。更めて寝ようと思って外を見ると東北の雨空が火事の火の手で赤く染まっている。普通の火事は珍しき事なり。牛込納戸町の火事なりし由なり。暫らくしてから消防自動車の行くサイレンの音が聞こえたりした。それから寝てもう一度蚊の為に五時に起された。蚊遣りをして又寝なおして七時起床す。

 
と、蚊には悩まされ続ける。この日は午後出社し、「帰りてウィスキー。尤も夜半も朝も嘗めている」というウィスキー漬けの一日でもあった。

 7月3日に再び、

 
 今夜は眠いから起きないつもりであったが、もういないと思った蚤がいるらしく左の足の先が痒くなったので結局起きた。

 
と、蚤に悩まされる。その後も蚊に悩まされながら、7月7日には、

 
 焼ける少し前に郵船の部屋に持って行っておいた昔の岡山以来の麻蚊帳を持ち帰る。蚊帳を釣る事は好かないが毎晩蚊に食われて閉口致したる也。明晩より釣ろうと思う。

 
と、麻蚊帳を蚊対策に持ち帰っている。
 7月8日に、

 
 夜は八時半頃就眠す。今夜から蚊帳を吊った。六畳の部屋に釣って丁度よい蚊帳を二畳に釣るのだから苦心を要す。午後十一時三十五分警戒警報にて起された。

 
ということで、しばらくは蚊の記述はなくなる。
 7月17日になって、

 
 午後十一時四十五分、丁度蚤がいる様で起きていた時警戒警報鳴る。支度だけして外には出ず。

 そして、

 
 七月十八日水曜日九夜。右の警戒警報にて暫らく起きていたが蚊が食うから洋服を着たなりで蚊帳に這入り寝ていようと云う事にした。その儘ぐっすり寝入っている時警戒警報の音がした。

 七月二十一日土曜日十二夜。夜半より降り始めて朝来雨なり。午頃から時化模様となる。昨夜は九時半に寝て十一時警戒警報で起きた。身支度はしたけれど何事もないらしく兵隊の情報放送の声も聞こえないから洋服を着たなりで蚊帳に這入って寝ようかと云っていると、その警報は既に解除になっていた様で十一時四十五分又新しく警戒警報が鳴った。それで寝るのを延ばしたが結局この辺には何事もない様だから支度をした儘で寝ていると三度目の警戒警報で又目がさめた。暗がりにて時計が見られなかったが、午前一時頃か或はそれより少し前かであったと思う。後で蚤に喰われて起き愚図愚図して三時過ぎてから更めて寝た。

 
 空襲と蚤と蚊で、寝不足の日々が続いていたわけである。
 終戦で、空襲はなくなり、蚤と蚊の日々となった。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/08/20 23:59 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/38551/user_id/316274

 

 

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