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2008年11月25日 (火)

亡国の礎 『国体の本義』 (現代史のトラウマ 17)

 

 今年の年賀状のテーマ(?)として、1937年を取り上げました。2007年から、丁度70年前になります。

 1917年、ロシア革命から90年目という年でもありますが、日本に住むものとしては、1937年が現在に直結している象徴的な年であるように思えました。

 賀状(フォトページ参照)にもあるように、1937年5月31日は、文部省による『国体の本義』の刊行日であり、7月7日は盧溝橋事件の起きた日付です。
 どちらも、1945年8月15日正午、昭和天皇自らの声による「玉音放送」を通じて、大日本帝国の敗北が国民に発表されるに至る事態への出発点にあると考えられる出来事です。すなわち、「亡国」への出発点であった、ということです。

 7月7日、盧溝橋事件に始まる中華民国国内における大日本帝国軍隊の武力行使の拡大は、やがて1941年12月8日の真珠湾攻撃に始まる対米英戦争へと発展しました。開戦後半年間の戦闘における勝利が続いた後は、敗北の連続となり、当初の占領地を失い、継戦能力の喪失による無条件降伏に等しい最期を迎える結果となったわけです。

 戦争当初の占領地域の喪失のみならず、(関東軍の謀略によるものであれ)親日国家として建国された満州国は瓦解し、明治以来獲得した台湾と朝鮮半島の植民地をも失うこととなったわけです。
 そして、大日本帝国は連合軍の占領下に置かれました。占領下の裁判で、大日本帝国の指導者は裁かれ、処刑もされました。
 「亡国」とは、そのような事態を指します。

 軍事的な出発点が、盧溝橋事件でした。それを政治がコントロール出来なかったという意味において、政治的出発点であったとも言えるでしょう。

 『国体の本義』の刊行は、精神的出発点とも呼びうるものであったと、私は、考えます。やがて来る「亡国」の精神的出発点であった、ということです。


 『国体の本義』の前文から抜書きしてみましょう。


抑々社会主義・無政府主義・共産主義等の詭激なる思想は、究極に於てはすべて西洋近代思想の根柢をなす個人主義に基づくものであつて、その発現の種々相たるに過ぎない。個人主義を本とする欧米に於ても、共産主義に対しては、さすがにこれを容れ得ずして、今やその本来の個人主義を棄てんとして、全体主義・国民主義の勃興を見、ファッショ・ナチスの台頭ともなつた。即ち個人主義の行詰りは、欧米に於ても我が国に於ても、等しく思想上・社会上の混乱と転換の時期を将来してゐるといふことが出来る、久しく個人主義の下にその社会・国家を発達せしめた欧米が、今日の行詰りを如何に打開するかの問題は暫く措き、我が国に関する限り、真に我が国独自の立場に還り、万古不易の国体を闡明し、一切の追随を排して、よく本来の姿を現前せしめ、而も固陋を棄てて益々欧米文化の摂取醇化に努め、本を立てて末を生かし、聡明にして宏量なる新日本を建設すべきである。即ち今日我が国民の思想の相克、生活の動揺、文化の混乱は、我等国民がよく西洋思想の本質を徹見すると共に、真に我が国体の本義を体得することによつてのみ解決せられる。而してこのことは、独り我が国のためのみならず、今や個人主義の行詰りに於てその打開に苦しむ世界人類のためでなければならぬ。ここに我等の重大なる世界史的使命がある。乃ち「国体の本義」を編纂して、肇国の由来を詳にし、その大精神を闡明すると共に、国体の国史に顕現する姿を明示し、進んでこれを今の世に説き及ぼし、以て国民の自覚と努力とを促す所以である。

 前文の最後はこのような文章で終えられています。
 『国体の本義』において批判の対象となっていたのは、端的に言って、「個人主義」であった、そう述べて問題はないでしょう。
 当代の問題の起源が「個人主義の行詰り」に求められ、その克服の方途として「真に我が国独自の立場に還り、万古不易の国体を闡明すること」が示される、というわけです。

 歴史を振り返れば、形式的な愛国主義の瀰漫と、自己礼賛の繰り返しが、その後のこの国にあふれかえりました。
 しかし、最後にやって来たのは、1945年8月15日、亡国の日でした。
 米英の「個人主義」の国に、『国体の本義』の国は、敗北し去ったのです。

 そして現在、「個人主義」の否定に重点を置いたかに見える、教育基本法の「改正」が行われました。再度の亡国への出発点、私にはそのように見えます。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/01/05 22:49 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/17456/user_id/316274

 

 

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