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2008年11月26日 (水)

東京大空襲・戦災資料センター 鈴木賢士写真展「東京大空襲の生き証人」 (続き)

 さて、画像でご紹介しているのが、会場の模様だ。
 

 
一番上が、スライド上映風景。
二番目が、鈴木賢士さんの会場案内風景。
三番めが、学芸員さんの解説風景。



 スライドの画像に映っているのは、豊村美恵子さんだ。
 豊村さんは、大空襲の日に、右腕を失った。
 その失ったことを強調したいがために、服を脱いで写真を撮らせた(それがスライドの画像)。

傷害を負った右手を見せてもらいました。ブラウスを脱いで義手をはずす作業が大変です。はずすよりもつけるほうが、時間がかかります。恐る恐る「撮ってもいいですか?」と聞きました。あっさり「いいわよ」という声に、こちらが戸惑うほどでした。これは単に豊村さんが70代後半という、年齢だけのこととは思えません。恥ずかしさなど乗り越えて、自分たちが味わった苦しみを、何とかして後世に伝えたいという熱意が伝わってきました。

と、鈴木さんはその間の事情を著書に記している。

 機銃掃射にあう一週間前に撮影された古い写真では、鈴木さんの右腕は、まるで右腕を撮ることを目的としていたかのように、強調されて写っている。
 右腕なしに、この62年、豊村さんは暮らしてきたのだ。
 その豊村さんと鈴木さんが並んで写っているのが、二番めの画像だ(豊村さんの右腕は義手である)。


 三番目の画像は、ちょうど学芸員さんが、焼夷弾の説明をしているところ。
 ベトナムで使われたナパーム弾。イラクで使用されたクラスター爆弾の構造も、東京大空襲当時の焼夷弾の現在形だ。
 焼夷弾による都市無差別爆撃を最初に実行したのは、中国大陸にいた大日本帝國の軍隊である。支那事変当時、重慶への攻撃に、日本の爆撃機は、焼夷弾を使用した都市無差別爆撃を実行していたのである。
 東京大空襲の軍事的起源は、実は、大日本帝国軍隊にあるのだ。
 これは記憶に留めておくべきことだ。



 ところで、先にも書いた通り、この「東京大空襲・戦災資料センター」は、民間の施設であり、公的施設ではない。
 現実には、公的施設としての、東京大空襲に関する資料館は存在しないのである。

 10万人という犠牲者が出たのが、東京大空襲だ。
 その犠牲者の正確な数さえ、実は、いまだに、確定されていないという。行政として、犠牲者数の確定を試みる努力は、いまだになされていないというのである。戦後62年過ぎるというのに、である。

 また、公的な東京大空襲犠牲者のための慰霊施設も存在しない。10万人という犠牲者数にもかかわらず、だ。

 そして、民間被災者への補償は何もされないまま62年が経過してしまったのである。
 政府によれば、軍人は、国家との雇用関係があるので「手厚い援護」の対象となるが、民間人は雇用関係になく、その被災を補償する責任はない、という理屈らしい。

 しかし、近代戦とは「総力戦」であった。前線も銃後もないのが近代の「総力戦」なのである。であるからこそ「国家総動員法」が制定され、銃後の民間人も国家の統制下に置かれていたのではないか、そう思わざるを得ない。
 植民地出身者が戦後補償からはずされたことは知られているが、「内地」の「帝都」の「国民」の被害に対する補償すら、「民間人」であったという理由で拒んできたのがこの国の現実だ。

 もう62年も過ぎるというのに、それが、この国の現実なのである。



 「戦後レジームからの脱却」どころか、いまだに戦後補償すら実行出来ていないのが、この、美しいはずの国の現実ということになる。


  (画像の使用を快諾いただいた、東京大空襲・戦災資料センターの関係者の皆様に、お礼申し上げます)





追記 : 階下に降りて、資料を購入し、トートバックに詰めようとしていたら、トートバックの中から、昨日購入したインゲンが出てきた。受付にいたご婦人から、「インゲンはその日に茹でなきゃダメじゃないの。お嬢ちゃん(娘に)今日の胡麻和えはかたいわよ」と言われてしまった我がパートナー、でありました。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/07/30 01:59 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/36873/user_id/316274

 

 

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