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2008年11月25日 (火)

続々 亡国の正月 昭和二十年一月十五日 (現代史のトラウマ 22)

 

 今日は、昭和二十年一月十五日の日記から。


 まずは、内田百閒の日記から抜粋。

 昨夜も無事であったが、敵機は昨日また名古屋を襲い、うち一編隊三機はお伊勢様を爆撃したる由也。午多田来。玄関にて会う。白いお米少少、大根小松菜等をくれた。午後省線電車にて出社す。夕省線電車にて帰る。

 午後は出社している(日本郵船まで)。
 太田静子の『斜陽日記』には、

 新しい年が明けてからは、空襲は少しなくなったけれど、こちらがすくないと思えば、関西の方がひどく、そのうち、一月十四日に伊勢神宮に投弾した。このニュースを聞いて、私の心は暗い悲しみに閉ざされた。ああ、これが戦争の現実なのだと思った。

という記述がある。
 清沢冽も、十五日の日記で「伊勢の豊受大神宮が敵機のために被害を受けたということ」を記し、

 敵機は計画的にこれを投弾したか、それとも謬って投弾したのか、それともまた果たして敵機の仕業であるのか。米国人の捕虜の言だとて世間で聞くところでは、宮城、明治神宮、靖国神社は襲撃せぬ方針だといわれた。いまそれをやる理由如何。新聞標題 ― 「米、鬼畜の本性現わす」「醜弾伊勢の神域を汚す」「この暴挙断じて許さじ」(『朝日』)、それから名家の憤慨談を掲載。

と書いている。「果たして敵機の仕業であるのか」には、「ここで清沢は、国民の厭戦・反戦の気分から生まれた放火ということを考えたのかもしれない」という注が付けられている。


高見順は、東京に出かけている。

 榊山君の話では、(二本松に疎開しているのだ)田舎に徴用官の相談役のようなのがいて、それが鬼の如くに恐れられているとのこと。むかしの悪代官の手下みたいに、ちょっとでもその男から睨まれると、たちまち徴用をかけられる。農業の方は徴用がかからないはずなのに、なんとかかんとかいって、ひっぱって行く。そして一方、徴用をかけるぞと嚇して私腹をこやしている。かけられると聞かされた方は、その男にわいろを持って行くのだ。わいろが少ないとさらに嚇かす。
 田舎は荒んでいると嘆くのだった。
 尾崎士郎も、疎開していて、同じような話をした。民間の者がこの頃権力を持たされるようになったが、するとこれは官吏よりもひどい官吏風を吹かせる。もとは憤慨していた官尊民卑を逆に発揮する。困ったものだという。
 民が官につくと、かように悪質になるのは、もとよりその人間にもよるのだろうが、それだけながい間、官尊民卑に民が苦しめられていたせいだとも言える。たちまち官吏風を吹かせるというような、そういう民を生んだのは官尊民卑のせいだ。

 東京での友人との会話。清沢の日記にも、「統制」が進めば進むほど効率の悪くなる社会状況への苛立ちが、頻出する。山田風太郎も、内田百鬼園も同様の指摘をしている。自由主義・個人主義の否定=統制経済=全体主義体制とは、そのようなシステムとなるらしい。東欧の社会主義国家でも事態は変わらなかった。それと、人を踏みつけにして利を得る人間の登場。「利己的な」個人主義は否定されたはずなのだが、全体主義的システムが利己的な人間に「人を踏みつけにする」場所を与える。

十五日(月) 晴午後曇夕雪
 ○空襲のため毎日明日の命わからず。高須さんまでが遺言を書いておくという。
 余の遺言はただ一つ「無葬式」。
 紙製の蓮花、欲ふかき坊主の意味わからざる読経、悲しくも可笑しくもあらざるに神妙げなる顔の陳列。いずれも腹の底から御免こうむりたし。
 やるならウイスキーを供えて、ベートーベンのレコードでもかけてくれたらそれにて結構なれど、もとよりそれも愚にして無。

 これは一月十五日の山田風太郎。

 而してこのごろ他と情に於て交渉するが煩わしければ、ことさらにとぼけ、飄然とす。たいていのことは見ざるまね、聞かざるまね、知らざるまねして通すに、習い性となり、偽次第に真となりて、ようやく老耄の気をおぼゆ。二十四歳にして耄碌せりといわば、人大いに笑うべし。
 ○歯医者にゆき、神経をとってもらう。

 明日の命はわからないが、歯医者には行かねばならない、ということだ。非常時の日常生活。


 昭和二十年の今日、一月十五日(月曜日)の出来事。亡国の日は7か月後のことである。

        (本日は「いぢわる、あるいは神の姿」に代えて「現代史のトラウマ」の続き、でした)

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/01/15 22:27 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/18744/user_id/316274

 

 

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