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2008年11月25日 (火)

新正 卓 写真展 1 (現代史のトラウマ、その9)

 

 本日は土曜日。実は土曜に休みが取れたのは、かなり、久しぶり。

 土曜は、普段(この夏まで)だと、娘のとろろ丼と、銀座のギャラリーをブラブラ、とか一日どこかの美術館で過ごす、というスタイルだった。
 最近は、仕事も地元の小平で(自転車でふらふら片道20分通勤)という東京の田舎の日々。中央線に乗る、ということも平日はない。
 で、土曜日は、中央線に乗り街に出る。ギャラリーや美術館に加え、美味しい一服や買い物。まぁ、CD買い込みウハウハという一日ともなる。
 銀座辺りのギャラリーは日曜休みが普通なので、ギャラリー巡りオアズケ状態が若干ストレス化しつつあった(加えて、このところの日曜は撮影で美術館もオアズケ)のも正直なところ。出来なくなってみて初めてわかる普段の生活スタイルを発見、てところですかね。

 そこで、今日は、久方ぶりの銀座を考えていたのですが、夕方に地元で一仕事あったことに気付き取り止め。武蔵野美術大学内の展覧会を見に行くこととしました。

 娘と家を出たのが2時過ぎ。お目当ての展覧会が3つ。だったものの、時間の関係で観られたのは、写真家(美大の教授でもある)の新正卓さんの写真展のみでした。


 私にとっては、非常に刺激的なものでした。

 新正さんは、元々はコマーシャル写真がスタートだった人です。
 昭和20年8月15日には家族と共に満洲にいました。つまり、その後に引き揚げ体験を持つ多くの日本人のひとりということです。
 新正さんは、その難民体験のさなかに乳母であった女性と生き別れとなります。その女性が1978年に日本に一時帰国を果たします。翌年、孫のいる中国へ帰った女性のところを訪ねました。写真家の訪問を知った中国残留者が50人ほど新正さんの到着を待ち構えています。そこで、ホテルのロビーでシーツをバックにして撮ったのが『私は誰ですか』という写真集に結実する一連の写真でした。

 以後、それ以前からの撮影地ブラジルは、日系移民の地という新たな視線での撮影の場となります。米国移民とその後ろにある強制収容体験の影、シベリアへ強制連行された捕虜達の残した建設物(オペラハウス、アパート、鉄橋、ダム…)の50年後の姿。そして米国で出会った先住民の姿(力強いマイノリティーの肖像)。
 先住民をテーマにすえたもの以外には、あの戦争をはさんだ日本が、そこに残したままにしたものが写っています。移民、捕虜、米国先住民。相対的、絶対的な弱者として生きることを人生の条件としてきた、せざるをえなかった、させられた人々の姿。

 撮影することによって定着されるそれぞれの姿。
 それぞれの生年から撮影時までの年月。撮影・発表時から現在までの年月。そして撮影時の一瞬。3つの時間がそこに同時にあります。
 写真が示せる時間は、決して、撮影時の一瞬にとどまるものではない。そのことが、見る者(少なくとも私の)の心に染みわたります。シャッターを押すことの意味、の発見のときでした。
 そのすべての時間に、日本の、戦前・戦中・戦後の日本の国策が影としてまとわりついています。そして、考えなくてはならないのは、シャッターの一瞬から現在までの時間。そこにあるのは、80年代以後の、私たちの時代です。私たちの日本が、依然として放置したままにしている時間が、そこにはある、ということです。
 写真を見るということ、そして、写真が見せることが出来ること。ここでは、時間の提示、私たち自身が責任を負わねばならぬ時間の提示が、新正卓の手でなされていた、そのように思います。


武蔵野美術大学 9号館地下展示室  ~12月16日(日曜日休館)

   ”黙示 ARAMASA Taku Photographs” 

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2006/11/25 23:51 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/12013/user_id/316274

 

 

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