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2008年11月26日 (水)

土日は休養、今日はいぢわるお休みフツー日記 (再録)

 

 睡眠至上主義者であったはずの私が、いったい何をやっているのか、という事態が、もう3週間も続いてしまっている。が、始めてしまったものは、とりあえず、続けてみなければならない、と(多分)遺伝子が命令するので、しばらくは自らの信条に背くようなストレス多き生活が続くことを覚悟せねばならないのかも知れない。と、遺伝子のセイにしてみたりしながら、ストレスが頭髪の減少量増加に結びつくことまでに至らぬようコントロールしつつ、日記は書き継がれていくのでしょう(ちょっと他人事ですね)。

 何せ、いぢわるなアジサイですからね(ミミズの自己実現、あの頃はまだ平和だった)。いったい来週はどんな展開が待ち受けているのか、インチキ予言者の手に余る状況が生まれつつありますね。


 トラウマシリーズも、やたら血圧上がりまくりになってしまうという、はなはだ本人には危険な状況下で書き続けるようなことになるのかも知れず、もう命がけ、睡眠不足どころではないではありませんか、という事態になるやも知れず、という展開になりつつもあり、先が思いやられるのでありました。緋水さんの「怒れる若者」姿は実にカッコいいんですが、こちらもケッコウ、本気で、「怒れるオヤジ」状態になってしまうところが我ながら、どうしたものか、って感じですが、本人もそれなりに楽しんでいるようでもあり、続いていくことなんでしょう、きっと。せいぜい「いかれたオヤジ」状態だけは避けたいと願うのみであります。


 普段感じているのは、とにかく俺はマジョリティーに入れてもらえない人間なんだろうということですね。まぁ、全く入る気もないわけで、それで一向にかまやしないわけではありますが。
 オーゲサにいえば、俺は常にマイノリティーの側にい続けるべき、というか、マジョリティーに魅力を感じないし、どころかマジョリティーのふるまいにハラを立て続けているらしい以上、そっちの側ではない、ということだけは確かなのでしょう。一般的には、多数者に対する弱者としての少数者、という構図があり、外国人、少数民族出身者、被差別部落出身者、ヒバクシャ、同性愛者、…、という形で共通項によりカテゴライズされたマイノリティーが存在するわけですが、そのような分類学的発想とはかかわりなく、マイノリティーとして位置づけられた自分の姿を見出してしまうヒトというのは、確かに存在する、ということがこの場を通じて可視化されつつあるようで、そうとなれば日記は続く、ということなんですかね。

 とにかく、基本的発想としては、マイノリティーに正義があるわけじゃあない、そこんとこを間違えちゃあいけないぜ、ってトコから始めているつもりではありますがね。


 後ろで覗き込んでいた、かああひる(私の娘の母)が、「やっぱり、それじゃあ、アライグマのオヤジ」って言うんだけど、そうかもしれない、って言うしかありませんね。


 ねぇ、やっぱり、いぢわるじゃあありませんよねぇ、この私は。



                    (2006年10月14日の日記の再録です)

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/05/12 11:41 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/30871/user_id/316274

(オリジナルのオリジナルは、投稿日時:2006/10/14 22:33 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/user_id/316274/blog_id/3299

 

 

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