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2008年11月25日 (火)

亡国の礎 3 万邦無比の我が国体 (現代史のトラウマ 19)

 

 「亡国」の姿、続きます。


…、民族の力量はこれだけで優劣は論ぜられない。すなはち民族の力はあくまで個々の力の総合結集でなければならない。この意味において、民族の各構成員が同一目標に向つて強調一致邁進する民族精神が重要な要素となるのである、これによつて民族の量と質は初めて活動体としての生命を与へられ、国家としての総力を発揮するのである。
日本はこの点に関しては皇室を上にいただき、義は君臣、情は父子の強固なる団結力と八紘一宇の聖業達成の大目標とが厳存して万邦無比である。

 昭和19年(1944年)7月2日の『読売報知』紙上の文章です。
 筆者の林春雄は、続けて、

しかるに米英等の民族精神は享楽主義をもととした個人主義である。…
…個人主義が骨の髄までしみこんでゐて、この思想の上に社会制度が強固に根を下ろしてしまつた…
 
と書き、

かくの如く米英等は個人中心、利己主義であるから強調一致の精神において破綻を来たし易い。国家の目的といへども、己が利害と一致しなければ反対の方向に走る危険は多分にあるのである。この点滅私奉公、至誠一貫の日本民族の団結とは雲泥の相違がある。

と主張しています。医学博士にして軍事保護院顧問の帝大名誉教授が、新聞紙上に発表した文章です。

 東條英機首相の下、言論統制下の新聞ですから、一般的な公的認識の反映された文章として理解出来ます。

 実際、対米英開戦当初から、「個人主義」あるいは「享楽主義」の米英への、「万邦無比の国体」とその精神の優越性は、一種の「常識」となっていました。
 今、手元に開戦当初の適当な文書がないので引用出来ないのが残念ですが、いずれにしても、上記の文章は、昭和19年サイパン陥落を目前にして考え出されたレトリックではなく、開戦当初から、あるいは開戦に至る決断を支えていた認識の延長として書かれているものであるところに注目する必要があります。

 支那人のナショナリズムに対する想像力を欠いていたように、敵国としてしまった米英人のナショナリズムと、その根底にある個人主義への無理解がそこにあったということです。
 贅沢に慣れた「享楽的な」米国人というイメージ。過酷な状況におかれれば、すぐに音を上げるはずだ、という思い込み。
 ピューリタンの伝統、過酷な開拓生活を経て来たその歴史への想像力の欠如。

 『国体の本義』に見出された「個人主義」への排撃の延長で、自らに都合よく積み重ねられたイメージの上に、対米英開戦へと導かれる雰囲気が醸成されたわけです。『国体の本義』自体が、「国体明徴」という時代精神の上に書かれたものでした。ナショナリズムの基盤を「国体」の上に置き、そこからの逸脱を許さぬという発想が、国家の行政に浸透し、言論の抑圧の上に政治的決定が行われるようになっていきます。

歴代の天皇が臣民を哀れみ給ふことは、恰も親が子に対するが如く、又国民が天皇を敬慕し奉ることも、恰も子が親に対するが如く、君臣の関係が、その心持に於て、親子間の恩愛と少しも変わらないのが、我が国体の事実であり、又将来に向つての理想である。

 昭和12年(1937年)刊の『新制 女子国語読本 巻九』にある「忠孝と我が国体」という文章です。

 大東亜戦争の開戦の背景には、「国体」の個人主義への優越性という認識がありました。しかし、その結果、国家は敗北し、200万人を超える英霊が新たに靖国神社に祀られることとなりました。「万古不易の国体」は「個人主義」に敗北したのです。
 「義は君臣」、「情は父子」。しかし、私には、昭和天皇が200万人の国民(一般市民を加えれば死者は300万人を超えます)の死を望んでいたとは思えません。「親が子に対するが如く」の情が「国体」を支えていたはずですから。

 「亡国」へと至る責任。どこにあるのでしょうか。
 「個人主義」の否定を基調とした新・教育基本法、より善い世界を築く礎となりえるのでしょうか。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/01/07 20:04 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/17688/user_id/316274

 

 

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