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2008年11月26日 (水)

「戦争を知らない子どもたち」を知らない子どもたちの時代に

 

 「戦争を知らない子どもたち」を歌った世代の中心も今や老人である。

 私はポスト団塊エイジで、彼らの後発世代、ということになる。中学生として歌ったことがある世代だ。

 やがて高校生になり、少しはモノを考えるようになってからは、「戦争を知らない子ども」という自己規定の脳天気さを感じるようになった。
 一方で、それを中心になって歌っていた団塊エイジの置かれた状況にも理解は行き届いていったように思う。


 ポスト団塊(昭和30年代前半生まれというあたりだろうか?)エイジから団塊エイジを見て、あれだけ暴れながら、あれだけ世の中を騒がせながら、実現したのは筑波大学と共通一次試験でしかなかったじゃないかという思いが、正直なところ、ある。世の中は変わるどころか悪くなった(筑波大学開設も共通一次試験導入も善なることであったとは思えない)という感覚だ。
 ポスト団塊エイジ=三無主義世代でもある。無気力・無感動・無責任というようなことではなかったか。
 目の前で革命騒ぎが始まり、続き、静まり、世の中は何も良くはならない、のを目の当たりにした世代である。

 私に関して言えば、集団で何かをやろうとすることの限界を見せ付けられたような気分であった。
 自分ひとりでも出来ることはあり、衆をたのむことはしない、ということが自分の原則となった。
 あくまでも、個人主義者である。


 で、「戦争を知らない子どもたち」だ。
 第二次世界大戦後も、戦争はあちこちで続いている。そのことを知っている自分を考えれば、自分を「戦争を知らない子どもたち」として自己規定してしまうことは欺瞞である。
 そう、当時の私は考えた。
 一方で、先行する団塊エイジの置かれた状況も理解出来ていた。

 まだ、敗戦から25年しか経っていない時点での話だ。若い世代に対する「大人」の決まり文句は「戦争も知らないくせに」であった時代ということだ。
 自らの「戦争体験」を特権化し、後発世代からの異論を封じ込める。それが当時の「大人」世代の常套手段だったことは私の世代も知っている。

 敗戦時に25歳だった人物がまだ50歳という時代である。現在の団塊エイジより若かったのだ、当時の(戦争を知っている)「大人」は。

 その時代状況の中での、逆説的な自己主張の表現として、「戦争を知らない子どもたち」を私は理解するようになった。1970年代の後半くらいの話だ。

 しかし、いまだに戦争は地球上ではありふれた事態であった。である以上、「反戦」の言説として「戦争を知らない子どもたち」が持ち出される度に、私は、大いに「しらけた」ものだ。

 若い世代の先行世代に対する反抗の歌、これが「戦争を知らない子どもたち」への正当な理解だと思う。



 さて、戦争という問題だ。
 「戦争体験の継承」が課題として取り上げられるのを見聞きする。

 1970年当時、敗戦を大人として経験した世代はまだ世の中の現役であった。
 今年で敗戦後62年である。
 1970年から62年前を考えてみたい。1908年だ!
 第一次世界大戦前の話、日露戦争から間もない時代ということになる。1970年代の「大人」にとってさえ、第一次世界大戦ましてや日露戦争など大昔の話であったはずだ。

 あの1945年の敗戦に至る戦争は、それだけ大昔の体験となってしまっていることに気付かなければならないと思う。
 「戦争を知らない子どもたち」が今や老人である時代なのだ(老人にしちゃぁ元気に過ぎる気もするが)。

 「戦争体験の継承」の困難さを考える時に、62年という時間の流れを前提としなければならないということだ。
 当事者の証言を得ることはますます困難になっていくだろう。
 一方で、その時間は、かつての出来事を「歴史」として対象化することを可能にする時間でもある。
 冷静な批判の対象と出来るようになった、と考えることも可能なのである。

 残された短い時間で、当事者の証言を集めること。その一方で、冷静に歴史的評価の対象とすること。
 その二つのことが、私達の世代の前にある課題だと思う。


 戦争のいまだなくならない世界を生きる私達の。

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/07/15 22:04 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/35797/user_id/316274

 

 

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