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2008年11月25日 (火)

現代史のトラウマ、その6 マイノリティーとマジョリティーの間

 

 先週書いた中に、マジョリティーとマイノリティーの間、というような話題があったはずだ。

 私自身の立ち位置としてのマイノリティーというようなこと。

 しかし、基本的には、私は男性であり、健常者であり、日本国籍を持つ日本国民であり、江戸の昔からの東京(江戸というべきか)在住者の末裔であり、同性愛者というわけでもなく、犯罪歴もなく、失業しているわけでもなく……、強者の側の人間ということにはなる。
 ここで、私は、マジョリティーという言葉と強者という言葉を、ほぼ同意語として用いている。何か一定の共通項によりカテゴライズされた少数者。弱者としての少数者、そのような仮定が一方にある。しかし、高額所得者層も少数者であり、この者たちが、この国の政治・経済・行政の中心に位置している現実を考えれば、少数者=弱者という構図は、それだけでは単純に過ぎる。
 つまり、私の立ち位置としてのマイノリティーという言明には、少数者であるとともに弱者としてこの国を生き抜かざるをえない人々の側にいようとする自分、という含みがあることになる。これは、正義とか、善とかいう観念とは無縁なところでの、私の選択である。
 先に記したように、私自身は、何か一定の共通項によりカテゴライズされた形でのマイノリティーでは、おそらく、ない。しかし、この国のマジョリティーとして日々ふるまい続ける人々に共感できる部分を見出し難く思っている人間である。マジョリティーとしての自信を持ってふるまい続ける人々に対して、精神的に、心情的に、マイノリティーであらざるをえない自分の姿を、何かにつけ見出してしまう。そのような意味でのマイノリティーということなのである。そして、そのような文脈において、私は強者ではない。少なくとも、強者の側の人間ではいられない。
 繰り返すが、弱者の側にいることが正義であるとか、善なる立場であるとか考えてのことではない。弱者に対する、マジョリティーの行為が正義や善という理念に反するものであることが多いことは確かであり、それは正されるべきであると常に考えてはいるが、マイノリティーが正義の側にあるとか、マイノリティーであることは善であるとかいうような「思い」とは私は無縁である。

 これは実際、ビミョ-な立場である。
 たとえば、先住民アイヌ民族に対し、私はマジョリティーの側の人間ということになる。それは、個人的な交流の中での信頼関係や共感とはまったく別のことである。出身民族ということで人間をカテゴライズし、日本国内におけるその布置を考えれば、アイヌ民族出身者は、弱者であり少数者であるマイノリティにカテゴライズされ、私は強者であり多数者である側にカテゴライズされる。
 この際、用語上に、私の立つますますビミョーな位置が現れる。いや、私ではなく、この国におけるマジョリティーの、でもあるのだ、それは。
 少数者であるアイヌに対し、では、私は、何者であるのか? 日本人である、という答えは、答えとしてはすわりが悪すぎるのである。アイヌ民族出身者も日本国籍を持つ日本国民である。日本国籍を持つ日本国民であるということと、日本人である、という言明の間には、イコールで結ぶことの出来ない関係がある、のである。あるいは、アイヌ民族出身者をも日本人として呼ぶとすれば、日本人という語は、民族名称とはズレがあるということを意味してしまう。日本人=日本民族ではない、のである。現実に、この国のマジョリティーに所属民族を尋ねてみるがよい。「日本民族」、「大和民族」、あるいは何と答えるであろうか。いずれにせよ、日常語としてすわりの悪い言葉が返ってくるであろう。民族としてのアイデンティティーに無自覚なマジョリティーの姿がそこにある。ここに、自らを深く問うこと無しになされる、多数者による少数者への差別的取り扱いがあるということを、見失ってはいけない。

                        続く

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2006/10/22 22:38 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/5088/user_id/316274

 

 

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