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2008年11月26日 (水)

政治的対立と宗教的対立、その背後にある出来事(現代史のトラウマ37)

 

 やっと土曜日。
 …にもかかわらず、なんだか忙しい一日だった。

 この一週間、公私共に忙しかった感じもする。自分の日記を書くので精一杯で、皆さんのところを訪問することも出来なかった。


 振り返ってみれば、この二週間ほどは、「神の姿日記」ならぬ「齟齬の姿日記」を書いている。
 まぁ、「神の姿日記」自体、スタート時点では、「いぢわる日記」と呼ばれていたものだ。

 どちらも、いただいたコメント一つで、世界ががらりと変わってしまった。

 自分の考えが、それまでの方向から、思いもよらぬ方向へと転換されてしまった。コメント一つの力、である。

 とはいうものの、「いぢわる日記」の時点での問題意識も「神の姿日記」上での関心のあり方も、そして現在の「齟齬の姿日記」上での議論の展開も、たいして変わっちゃぁいない、ようにも思える。

 私と世界の関係、私と他者の関係、という問題を前に、「いぢわる」の在り処を検証しようとしてみたり、「神」という存在を介在させてみたり、「コミュニケーション」という視覚から眺めてみたりという、異なるアプローチをもって立ち向かってみた記録、と言えるかも知れない。

 結局、私自身の問題意識が軸にある以上、自分にとってのテーマとなるものに、そう変化はないということなのだろうか。


 さて、問題のコメント、齟齬をめぐるコメントをいただいた日記では、その後もコメントのやり取りが進み、最後には「政治と宗教」が問題となってしまっていた。

 宗教的和解を重んじる(という私の理解が正確であるかどうかは別として)心情を述べたコメントに対し、私自身の認識として、現代社会における宗教的対立の問題として一般に流布されている問題の多くは政治的な問題であるという認識を語っておいた。
 ここでは、いただいたコメントへの反論という形ではなく、一般的な問題として、「政治と宗教」の問題、あるいは「宗教的対立」として世の中では理解されてしまっている問題についての私の考えを述べておこうと思う。

 これもまた、「現代史のトラウマ」シリーズに一貫して流れている問題意識そのものであると考えるからだ。

 実際、現在のパレスチナにおける問題は、宗教的対立の現実化した状態として理解されることが多く、そのために解決困難な問題であるという形で受け入れられていることが多い。
 しかし、パレスチナの地における問題は、ユダヤ教とイスラム教の対立ゆえに存在しているものではない。
 (イスラム教徒でもある)アラブ系の人々が住むパレスチナの土地に、(ユダヤ教徒でもある)ユダヤ系の人々により建国されたイスラエル国家が存在し、そこでは入植者として侵入してきたユダヤ系イスラエル国民による、先住のアラブ系パレスチナ人に対する暴力的な占領・抑圧状態が続いていることが、問題の根源にある出来事なのである。
 それは第二次世界大戦後のことなのであり、パレスチナの地へのユダヤ人国家建国という事態が招いた出来事なのである。イスラエル国民(となったユダヤ人)によるパレスチナの占領(に伴うパレスチナ人排除)という事態がなければ、問題は存在しなかったのだ。

 そして、事態の悪化は、イスラエルの政治家にとっては利益であり(国民の利益であるかどうかとは別の話である)、パレスチナの反イスラエル政治組織にとっても勢力拡大のチャンスでもあるのだということは、理解しておいた方がよいだろう。


 いずれにせよ、問題の本質的解決をもたらすのは、宗教的和解ではなく政治的な解決なのである。なぜならば、問題の起源が宗教的対立にあるわけではないのだから。

 もちろん宗教的な相互承認は必要である。宗教は人間を根源的なところで動かしうる力でもあるからだ。そのことを否定するつもりはまったくない。


 しかし、ところで、私にとって「政治と宗教」として語られる問題は、これまで語ってきたこととはまったく異なる側面を主題とするものでもある。


                          続く

 

 

 

(オリジナルは、投稿日時:2007/05/26 21:20 → http://www.freeml.com/ep.umzx/grid/Blog/node/BlogEntryFront/blog_id/31985/user_id/316274

 

 

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